クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
07. 嵐の予感
「……くん、もう時計が読めるんですよ」
保育室のおもちゃを片づけていたら、保育士とお母さんの会話が聞こえた。
「お迎えの時間の少し前になると、『もうすぐお迎えの時間だよ!』って教えてくれて、楽しみにしてるんですよ」
私は振り返った。お母さんは誇らしそうに、「そうなんですか」と笑っていた。
園長が前に言っていた、"人による"。その通りだ。
同じことを言われて、プレッシャーに感じる人もいるだろう。"だから迎えが遅れたりしたらどれだけかわいそうか"と言われている気分になる人もいるだろう。もし有馬さんだったら、複雑な表情で微笑んだだろう。
だけど子供が自分を待っていると聞かされるのが、なによりも嬉しい人だっているだろう。
感じ方は、人それぞれで。
伝えるほうにも、悪気なんて当然、あるわけもなくて。
ただただ、よかれと思ってやっているのだ。
床に細かな粘土のくずが散らばっていたので、ほうきを持ってきて掃いた。
みんな、よかれと思ってやっているのだ。ただ、誰かの"よかれ"が必ず相手を喜ばせるものとは限らなかったりするだけで。そして誰もが最上の"よかれ"を実践できるわけではなくて、そのことで押し潰されそうなほど心を痛めていたりしても、他者にはわからないというだけで。
コーヒーショップで有馬さんを叱りつけたあの女性と、私たちの間に、いったいどれほどの違いがあるっていうんだろう。
「律己くん、起きる時間だよ」
ほかの園児が次々に午睡から目覚め、タオルケットをたたみ始めてからも、律己くんは昏々と眠ったままだった。
そっと揺するとようやく目を覚まし、眠そうにふらふらと起き上がりかけるものの、また身体を丸めて眠りに落ちてしまう。
律己くんが土曜日も含め、長時間預けられるようになって一か月。最近こういうことが増えた。
寝不足だ。
朝早く、夜は遅い。帰るのが遅くなればなるほど、帰宅時の子供はくたびれているので、帰ってからの作業スピードが落ちる。
食べるのにもお風呂に入るのにも時間がかかるようになり、どんどん寝る時間が後ろにずれ、親のイライラも増す。大人がピリピリしている中では、子供はどんなに眠くても寝付けない。
そんな悪循環が、律己くんの家で起きているんじゃないだろうか。