クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
「すみません、遅くなりました」

「有馬さん!」


雨風を連れて駆け込んできたのは、有馬さんだった。彼自身からも水が滴っている。私は事務室からタオルを取って駆け寄った。


「どうやって帰ってらしたんです? 電車は動いてないですよね?」

「今日は、電車は危なそうだなと思って車で出社してたんです。時間内に帰ってくるつもりだったんですが、道が冠水してて、迂回しなきゃならなくて」


渡したタオルで頭を拭きながら上がってくる。駅から来たにしては濡れていないと思ったら、すぐそこに、マンションの駐車場から来たのか。それでもここまで濡れるんだから、すごい雨だ。


「冠水ですか!」

「はい、国道のほうがやられてるんで、バスはまだ動いてますが、タクシーはそっちのほう、もう行けないと思います。先生方も気をつけたほうが」


尋ねた原本先生が、ひえ、と口の中で悲鳴をあげた。彼女の家は、車を使うならまさに国道を越えた先にある。

律己くんと有馬さんが慌ただしく帰った後、ぱらぱらと何人かのお母さんが迎えに来た。「バスを乗り継いで」「タクシーで」「知人の車で」と誰もが懸命にここを目指したのがわかる。

9時を前に、残ったのは3歳の女の子ひとりだけになった。

お母さんは運悪く近県に日帰り出張に出ており、そこで足止めをくらってしまったらしい。旦那さんは遠方へ出張中。迎えに来られるめどがまったく立っていない。


「私、このまま残ります。バスが終わってしまう人は先に帰ってください」

「すみません、倉田先生」


そろそろ保育士も帰宅できるかどうか怪しくなってきた。私は徒歩なのでいつでも帰れる。みんな口々に帰宅路を模索しながら、帰る支度を始めた。

豪雨は衰える気配を見せない。

事務室のテレビに映る台風情報では、見たこともないような大きな円がこのあたりに覆いかぶさっている。

園児が3歳であれば、保育者がひとりだけでも問題ない。私は保育室を消灯し、事務室に彼女を招き入れた。


「ふたりだけになっちゃったねー、莉々(りり)ちゃん」

「そうねー」

「さみしいから音楽聞こうね」
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