クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
いつもこんな買い物をしているわけじゃないのに…悔しい。

狭い店内で、これ以上顔を合わせたくないのでさっさとレジに向かったら、あろうことかついてくる。

競馬新聞だけ買いに来たわけか。まっとうな仕事してるんですか、あなた。

そして不運にもレジは混んでいる。足元の足跡マークに従って順番を待ちわびていたら、どこからか聞き慣れたフレーズが漂ってきた。自然と耳に入ってきて鼻歌を重ねてしまう。

なんだっけ、これ。そうだ、さっきテレビでやってた十五年前の…。

音の発信源が気になって、振り向いた。

携帯をいじりながら口笛を吹いていた舌打ち男が、ぱっと顔を上げる。同時に止む鼻歌。

『なんだよ?』と聞こえてきそうな、怪訝そうな顔には、正直さが垣間見えてかわいくなくもない。

きっと同世代で、つい今しがた、彼も同じ番組を見ていた。

そう考えたら笑いが込み上げてきて、さらに怪訝そうな顔をされてしまった。


* * *


「あれ?」


登園リストと時計を見比べて、首をひねった。

律己くんのお迎えが来ていない。

人によっては、事前の連絡なしに十五分以上遅れてくる保護者もあるけれど、律己くんのおばあちゃんに限ってそれはない。


「律己くん、今日、お迎えの時間違うとか聞いてる?」


隅の方で本を読んでいた本人に聞いても、首を振るだけだ。

あと五分待って来なかったら電話してみよう。

念のため、なにか連絡を受けていないか、ほかの保育士たちに確認しようと思ったときだった。


「あの、すみません」


控えめ、というより戸惑っているような声。

そちらに顔を向けて、目を疑った。


「有馬律己の、迎えなんですけど…」


保育室の入り口に立って、居心地悪そうに室内を見回していたその人は、私を見つけて動きを止めた。表情にほとんど変化はなくても、その奥の心境は手に取るようにわかる。

なぜなら私も同じ状態だからだ。
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