クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
「考えたこともありませんでした。さすが」

「そりゃ、住んでますからね」


有馬さんがコップに手を伸ばし、口をつけた。

あぐらを崩したような恰好で、壁によりかかってくつろいでいる。濡れたウインドブレーカーは玄関横にかけて乾かしているので、Tシャツにジーンズだ。

思い出してしまう、彼と二度目に会ったとき。

律己くんの引き渡しができず、彼はこの事務室で所在なさそうにしていた。

あの頃は、こんな普通に会話ができる人だなんて想像もしていなかった。


「さっき、強盗か泥棒あたりかと思っちゃって」

「俺を?」

「おかしいですよね」


今思えば完全に動転していた自分を思い出し、苦笑した。


「保育園なんて、盗るものなにもないのに」

「でも小さな子とほぼ女性しかいないって時点で、なんか魔が差す奴はいるんじゃないですか。理解できないような変な人間、いっぱいいますから」

「ありがたかったです、来ていただいて」


有馬さんがコップを口元にあてたまま、はにかんだ笑みを浮かべた。

いつも慌ただしい送り迎えの中、一瞬の隙を使って会話をするしかなかった彼と、こんなふうにじっくり話すのは、考えてみたら初めてかもしれない。

横で遊ぶ子供たちに、静かな視線を投げている姿を、テーブルに肘をついて眺めた。


「明日も朝から会社ですか?」

「予報で、明日の午前中まではこの調子だってわかってたんで、チームのメンバーには午前休を取るよう指示しました。もしくは会社に泊まれと」

「泊まれるんですか?」

「もちろんです、徹夜作業も多い業界ですから、仮眠室も男女別にありますし、シャワーもジムも使いたい放題です」

「ジムまで!」

「ゲーム屋なんて、ほっとくとまったく身体を動かさない人間の集まりなんで。運動部には補助も出ますし、全社的に運動奨励の体制なんですよ」


へええ。まったく知らない世界だ。
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