好きになっちゃいました!
学はいつもの立ち入り禁止の屋上に理事長室から飛び出した勢いのままやって来た。
屋上にはもちろん誰もいない。学が仲間を連れて屋上に来ない限りここはいつも学の貸し切りである。
唯一の一人になれる場所。
『あー‼くそっ‼何で俺はこうなんだよ‼龍治にはたくさん感謝してるのに、なんで素直にありがとうくらい言えないんだ俺はーー‼でもさ、どいつもこいつも理事長の息子だの学様だの煩くて、あー‼もうっっイライラするー‼』
学はカチューシャを外し頭をくしゃくしゃとかきむしりその場にあぐらをかいて座る
『まあ牛乳でも飲みなよ。ハゲるぞ。』
『ああ、ありがとよ。』
学はストローに刺さったパックの雪印牛乳を受け取り一口のむ。
そしてしばらく沈黙してからまるで凍りついた体を無理やり動かすようにギクシャクしながらゆっくり牛乳の差し出された方を見た。
『ふむ。アンパンやはりつぶ餡。ドリンクは牛乳という組み合わせがやはり黄金。日本人の生み出したリーズナブルで済ます事の出来る贅沢料理。天才だな。』
そこにいつの間にかいたのは、アメリカからの帰国子女の転校生であり不本意に自分の弟になった絶世の美少女……いや絶世の美少年の桜木零が体育座りでアンパンをかじっていた。
みるみる学は顔が赤くなる。
『いつからここに?』
学が聞くと零はアンパンを食べながら『最初からいたよ』とモグモグしながら話す。
『お前ここ立ち入り禁止なのになんで入って来れるんだよ!』
学がそう聞けば
『だって僕理事長の息子だし。職員室に屋上の鍵貸してっていたら鼻の下のばしてデレデレしながら貸してくれたよ。持ってかえってスペアキー作ってから返そー。』
そうだこいつも……ただ鼻の下をのばしてデレデレ、というのは些かひっかかるが。立ち入り禁止の屋上に鍵がかかってなかったのになんで俺は気づかなかったんだと学は頭を抱えた。
『それにしてもここの理事長は神様か何かなのかね。僕が理事長の息子とわかれば零様零様。いきなりツーショットやサインを写真頼まれるし、零さまー‼って呼ばれたから手をふってやったら絶叫して倒れるし。』
『途中までそうかもしれないけど途中からは違うと思う』
鼻の下をのばしてデレデレしながらの意味が分かった気がした。
『でも君、可愛いところあるんじゃん。仏頂面な嫌な奴って思ってたけど。』
『……く、だ、誰にも言うなよな‼』
学は真っ赤になって言った。アンパンを食べ終えた零は髪を耳にかけて牛乳を一口、そしてふーっと一息ついてから一言。
『シャイボーイか?』
『うるせー‼』
間髪言わずに突っ込んだ。女みたいな優しげなルックスとは違って零はざっくりタンタンと話す。
『言わないよめんどくさいし。言いたきゃ自分で言えばいいし、言いたくなかったら言わなきゃいいだけだし。ただ言いたいのに言えないってだけなら、ダサいと思うけどね』
涼しい顔して痛い所を突いてくる。的確な事を言われて返す言葉もない。
学は零に背を向けて横になった。
『お前は戸惑わなかったのか?いきなり住み慣れた所を離れて見知らぬ人間を家族と呼べって言われたときは。』
『いきなりなんだ?』
学は背中をますます丸くする。今までこうして突っ込んで自分にたいして話してくるのは龍治と七緒ぐらいで、他から二言以上の会話として話すのは本当に久しぶりかもしれない。
『…………』
会話が久しぶり過ぎて返せない、しばらく無言になってしまいヤバい、気まずい。と学は思った。
『戸惑ったよ。そりゃあ。君はどこまで聞いたの?僕のアメリカでの話。』
零が話し出した。それ以上学を問い詰め寄ることもなく、自然に話し出したのだ。学は内心『え……』っと小さく驚く。
『あ、その……前の養父がやってる研究室が爆発して。その養父が事故の後遺症でちゃんと面倒みれないから親友の龍治に新しい養父を頼んだって……』
少しどもってしまった。
『じゃあ、大体は知ってるんだね。あのときはびっくりしたよ秀一さん…本当に死んじゃうかと思った。命をとりとめて意識戻ったと思ったらいきなり日本に行けって。泣いて嫌だって言ったさ。体が不自由になったんだ、尚更秀一さんを一人になんかできないよって、でも秀一さんは固くなに日本に行けって、そして……』
ーこのまま何も出来なくなった俺と一緒にいたらお前の夢も叶わなくなる。お前は人の役に立つもっともっと沢山の人間に触れて広い世界に羽ばたいて欲しいんだ。桜木龍治という男は口は悪い男だが間違いない俺の親友だ。学んできなさいー
『僕は、日本で夢を叶えて必ず秀一さんをアメリカに迎えにいく。』
学が横になったまま振り向くと、零は長い睫毛に覆われたミントグリーンの大きな瞳を潤ませて体育座りのまま空を見上げていた。
『お前の、夢って?』
学にそう聞かれれば空を見上げていた横顔がこちらを向いた。
『学校の先生、ついでに桜木学園の理事長になって名誉も財産もぶんどって帰ったら秀一さんすごく喜ぶだろうな~そんなわけで、僕、全力で君のこと潰しにかかるからよろしくね♥』
秀一さん喜ぶだろうな~という辺りまでは恋する乙女みたいな言い方だったが、そんなわけで、というところがニッコリ満面の笑顔で宣戦布告される。
真っ黒な発言なのだが清々しいくらいの満面な笑顔でもはや後光がさして見える。
『別に……俺、ここの後次ぐ気はないし……』
学がボソッと呟く。
『なにそれ……冷めるんだけど。』
いきなりさっきのきゃっきゃした声からワントーン零の声色が低くqなる。
『そっか、じゃあ僕が全部貰うね。』
零は立ち上がりズボンをパンパン軽く叩いて砂ボコりを払う。
学はハッとして起き上がる。
『君、本当の事を話す以前に会話力もっとつけたほうがいいよ。君の会話力小学生以下。会話力小学生以下なうえにプライドでくだらないかっこつけとか、ダサダサ。着飾って個性出して俺様ここにいますアピール?アハハ、ねえ君、多分今日で存在薄れて1週間もしないうちに皆の中から消えるよ』
零は屋上に出入りできるドアに話ながら向かっていく学は上体だけおこしてあり視線だけその姿をおいかけていく。そして零がドアまで来ると最後にもう一度振り返り学をみた。
『中身がちゃんと詰まってないと着飾ってものを剥がされた時、なにもない空っぽのままだよ?』
そう言い残し零は屋上から出ていくのであった。