阿倍黎次は目立たない。(12/10更新)
「ただいま」

家のドアを開けると、いつもより靴の数が1つ多かった。兄貴のものだった。

「おう、おかえり」
「おかえりー」

兄貴の声に続いて、大亜も声で迎えた。

「どうしたんだよ兄貴、いつも俺より遅いのに」
「え、聞いてなかったか? 今日、母さんがママ友と飯食いに行ってるって話」
「……ああ、確かそんな話もしてたな」
「全く、覚えとけよそういうのは……で、今日は大亜が帰ってくるのに合わせてオレもちょっと早めに帰るように頼まれたってわけ」

兄貴がしっかり者なのは俺も認めていた。職業柄海外出張の多い父の代わりに、色々頼まれることもあった。だが、母さんがそんな頼みごとをしていることを知らされていなかったのは初めてだった。俺に知らせてくれてもよかったはずだが、兄貴の方が適任だと思ったのか、それとも別の理由か。

「黎次、学校どうだ?」

どう、と聞かれても、答え方が分からない。何についてなのかが全くもって分からない。だから決まって、俺はこう答える。

「可もなく不可もなく、って感じ」
「そうか。この学校はかなり特殊な人物が揃ってるからな、てっきり何かしらのコメントが来るかと思ったが……変わらないな、その普通っぷりは」

兄貴の目からすれば、俺は本当に普通の人間なんだろう。あの学校の生徒を取りまとめる存在にいる。それは、1つの意味においては最も特別な存在なのかもしれない。兄貴と俺の間に広がる空間が丸ごと伸びたような気がして、俺は勉強してくると取ってつけたような言い訳をすると自分の部屋に入った。そして、封筒から整えられた原稿を取り出し、目を通した。
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