クールな御曹司の一途な独占欲
松島さんと話し込んでいたせいで本部長はいつの間にかエントランスを通りすぎて先に出社していたようで、私が秘書室に着いたときにはすでに自分でコーヒーを淹れて飲んでいた。
動揺してはダメ。
いつも通り、秘書として接すればいいだけだ。
「おはようございます。すみません、遅れてしまいまして」
「おはよう香坂さん。まだ始業前なんだから遅れたわけじゃないデショ。大丈夫だよ」
本部長もいつもと変わらない。
優雅な所作でコーヒーを飲んで、新聞を読んでいる。
あまりに普通で拍子抜けするくらいだ。
何もなかったことにしてくれるのだろうか。
それとも、彼にとってはそこまで大きな出来事ではなかったとか。
ここで「昨日はすみませんでした」と掘り返すことは私にはとてもできない。
本部長がすべて忘れてくれるのであれば、たしかにそれはありがたいことだ。
「あの、本日の予定を申し上げます」
「うん」
スケジュールをつらつらと読み上げていくと、本部長はコクりコクリと頷きなが聞いていた。
いつもは私の話にはもう少しご機嫌な相づちを打ってくれるのだけど、今日はさすがにそれはなかった。
いつものような過度なスキンシップもしてこない。
彼は何も変わらないように見えて、多分私に気を遣ってくれているのが分かった。
当然か。本部長は紳士的な人だから、私が嫌がったことはもうしてこないはず。
それをこうして寂しいとか物足りないとか思ってしまう私のほうがおかしいのだ。