【完】『龍の倅(せがれ)』
結果からすると、この接触は不首尾に終わった。
なぜなら、
「秀宗に勘当を申し渡す」
と政宗が江戸に着く前、宇都宮の本陣から早馬で文を差し立てて来たからである。
これには江戸の城内でも、
「仙台どのはやり過ぎではないのか」
という声が上がった。
特に一番に渋い顔を作ったのは、将軍の秀忠であった。
「秀宗の宇和島への襲封はわしが決めたこと、政宗はそれが不服と申すか」
と、土井や井伊などが居並ぶなか、はっきりと政宗に対する不満を口にしたのである。