マドンナリリーの花言葉
6.夜会の前にささやきを
ディルクがクレムラート家に帰ったとき、通りがかった使用人用の食堂ではローゼが食事をとっていた。
「やあ、ローゼ」
「お帰りなさい、ディルク様」
「ひとりか?」
「今、メラニーさまはエミーリア様の湯あみのお手伝いをなさっています。その後交代することになっていますので早く食べないと!」
今日の夕食はシチューだ。使用人用の食事は、皆がそれぞれに都合のいい時間に食べるので大鍋料理が多い。ディルクは胸ポケットから懐中時計を取り出しちらりと確認した。
戻ったことをフリードに報告するべきだが、もう少しいいか、とも思う。奥方が湯あみ中ということは、フリードは書斎で読書中だろう。
「向かいに座ってもいいか?」
「えっ?」
ローゼは驚いたように体をびくつかせたかと思うと、慌てて口に入っていたものを飲み込もうとし、むせた。
涙目になりながら、「ごほっ。ど、どうぞ。あの、すみませんっ」などと必死に答えている。
ディルクは呆れながらもホッともしていた。
裏表のないローゼを見ていると、時折無性に安心してしまう。
「落ち着けよ。水でも飲むといい」
ディルクはグラスに水を注いで持ってきて、ローゼの前に置いた後、向かいに腰かけた。
ローゼはすぐさまそれを飲み込み、胸を叩いてゼイゼイと息を切らしている。