マドンナリリーの花言葉
肖像画に書かれた女性がパウラであるとしても、彼女の実際の年齢は三十三歳なのだ。
その女性を求めている男の正体をディルクは聞かされていないが、ギュンターが手足となって動いているところから考えれば自ずと候補者は絞られてくる。それが誰であれ、ギュンターが断れないものがフリードに断れるはずがない。肖像画に描かれたのがパウラ夫人であっても、同じ顔なのだからローゼが求められるのは必至だ。
「やっぱり、ローゼを連れていくのはやめませんか?」
ディルクは自分でも思ってもみないようなことを口走ってしまい、咄嗟に口もとを押さえた。フリードは彼を見やりながらも大きくため息をつく。
「今更無理だ。それに、エミーリアがどうやら何か企んでいるらしくてな」
「奥様が?」
「ローゼを親戚筋の娘として出席させるつもりらしい」
「はっ?」
ディルクは思わず目を剥いた。そんなことは初耳だ。いつの間にそんな相談がなされたというのか。
「なんですか、それは。他の貴族に見初められたらどうするんです! あの美貌ならあり得る話でしょう。ローゼの本当の身分がばれれば、身分の低い娘をそんな場に出したと言われクレムラート家の評判にも関わります。下手をすれば不敬罪ですよ?」
「そうだな。だが、いいこともある。……パウラ夫人を見知った人物が釣れるかもしれないということだ」
「は?」
「エミーリアとしては、いっそ人の目に触れさせておこうというつもりらしい。内々に高貴な方に会わせて、秘密裏のうちに手を回されてはこちらとしてもローゼを守り切れなくなるから、と。人目に触れてしまえば、あれだけの娘だ、誰もが動向を気にする。相手がどれほど高貴なお方でも、無理やり愛人にすることは難しくなるだろう、とね。後は俺が持ち掛けられた誘いを全部断ってくれればいい、といういささか丸投げな提案ではあったんだが、まあそれもそうかと同意した。それに、今の話と合わせれば、彼女を表舞台に出すことでパウラ夫人を知った人間は何らかの反応を示すだろう。過去のことを調べるには手っ取り早いかもしれんな」