マドンナリリーの花言葉

 クラウスはしらばっくれた態度をとる老齢の執事を睨みつけ、正装して佇んでいる親友のギュンター=ベルンシュタインを引き連れ執務室に向かった。


「そろそろエミーリアたちがくると思うんだが」


ギュンターは壁にかけられた時計を確認して窓際に寄る。
屋敷の門からは次々に馬車が入ってくる。最初クラウスと相談して決めた招待客の倍ほどの人入りだ。


「父上め。まさかうちの執事を引き込むとは思わなかった」

「準備をすべて人任せにしているからそういうことになるんだ。屋敷の主人だというならば最終確認くらいは自分でするものだろう」

「俺は使用人を信用しているんだ」


ギュンターは呆れたように言ったが、クラウスは少しも気にしてはいない様子だ。

それにしても、とギュンターは壁に立てかけられた絵画に目を向ける。
手で持てるくらいの小ぶりのサイズの肖像画だ。古ぼけて輝きを失ってはいるものの、額縁には金箔が張られていた。小さな顔に愛らしい唇。ふたつのきらめく瞳を持った若々しく美しい女性が描かれている。まだあどけなさの残る顔ながら、どこか意思の強さを感じさせる。
じっと絵画を見つめるギュンターに、クラウスが問いかけた。


「お前の目で見てもそっくりなんだろう? この絵画の女性とその子は」

「ああ。そっくりだ。だが、……おそらく血縁者ではあるだろうが、この絵に描かれた当人ではないと思うよ。この絵画は君のお抱えの画家がずっと持っていたんだろう? 描かれてから少なくとも十年近くは経っているわけだ。しかし彼女は今現在この絵とそっくりなんだ。十年前なら子供だよ」

「だろうな。だが、手掛かりにはなる」


クラウスは口元を緩め、絵画の女性に目をやる。

初めてこの絵画を見た時から、妙に引き付けられていた。美しいだけではない、影のある悲壮感を含んだ瞳。国王から妻を娶れと言われて、最初に思い浮かんだのがこの絵だった。
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