マドンナリリーの花言葉
「……なるほど、そっくりだな」
それだけ言うと、口元に笑みを浮かべて彼女の顎を離す。
「舞踏会をゆっくり楽しんでくれたまえ。……フリード殿、少し話がある。別室にいいだろうか」
「え、……ええ」
フリードは一度エミーリアと顔を見合わせ、クラウスに言われるがまま後をついていった。
エミーリアは彼らが部屋を出ていくまで、息をつめて見送っていた。
「あら、エミーリア様、お久しぶりね」
と、逆側から声をかけてきたのは、バルテル公爵家の末娘、エリーゼだ。クラウスのいとこでもある彼女は、兄嫁であるコルネリアと仲がいいらしく、夜会で会うと必ず声をかけてくれる。
「エリーゼ様。先月の夜会以来ですわね。お元気でした?」
「ええ。毎日お父様と言い合いの日々よ。こうしてたまに息抜きでもしないと嫌になっちゃうわ」
エリーゼは歯に衣を着せぬタイプの女性だ。エミーリアもはきはきとしたこの令嬢が嫌いではない。
「そうそう、紹介するわ、エリーゼ様。この子、私の遠縁の娘で、ローゼ……」
振り向いて、エミーリアは息を止める。
先ほどまで身を縮めるようにしてエミーリアの影に隠れてたローゼが、いないのだ。
「うそ……どうして? いつの間に……」
辺りを見回しても、何もおかしなところはない。周りにいる人はみな、ダンスや歓談を楽しんでいる。
ローゼが少しでも悲鳴をあげれば、この距離で傍にいたのだからエミーリアが気付かないわけはない。であれば、ローゼは自分の意思でこの場を離れたということか。
エミーリアは首を振る。
「そんなわけないわ。あれだけ怯えていた子が私に何も言わずにいなくなるわけがない」
エミーリアは顔を上げ、エリーゼの手を握る。
「エリーゼ様、クラウス様と夫が内密な話をしに別室に向かったようなのですけど、それがどの部屋か心当たりはありませんか? 私、今すぐ夫に伝えなきゃならないことがあるんです」
エリーゼはぱちくりと瞬きをして、「そうねぇ……」と考え始めた。