マドンナリリーの花言葉
「終わったことに気を取られるのはやめましょう、エーリヒ様。それよりも、ローゼが危険というのは」
はっきりそう言ったディルクに救いを見出したように顔を上げ、エーリヒは声を潜めて耳打ちする。
「父は、ピグマリオンコンプレックスだ。美しい人形のような娘を愛でることを至福としている。今まではその対象がパウラだったんだ。しかし彼女だって歳をとる。年々、父のパウラへの執着は弱まっているらしく、今では侍女を伴って自由に外出することもできるようになっている。おそらく申し出があれば離婚にも応じるだろうと思うが、彼女にはもう帰る家がない。……例えばここで、先ほどの……パウラにそっくりの若い娘が現れたとしよう。父は彼女に執着するに違いない。そしてそれが死んだはずのパウラの娘だと知ったら……血縁の事実を使って手に入れようとするに決まっている」
ディルクの背筋が一瞬で冷える。
「そんな馬鹿なことを……」
「卑怯な手を平気で使える人なんだ。だから、こんな人目の付くところに彼女を出してはダメだ。今すぐどうこうなることはないだろうが、父の手のものは夜会にはすべからくもぐりこんでいる。存在を知られてしまったら、悪知恵の働く父のことだ。なにをするか分からない。今後は気を付けたほうがいいぞ」