マドンナリリーの花言葉
「パウラ夫人とは再婚のようです。子爵とは三十歳以上の歳の差があるとか。……実際には借金のカタに半ば無理やりという話も聞いております」
「ふん、ゲスな男だな。エーリヒは勤勉な男だが、父親はそうでもないってことか。とっととくたばってしまえばいいのに」
口もとに笑みさえ浮かべながらそういうクラウスに、窓際のギュンターが「口が過ぎるよ」と苦言を呈する。
「パウラ夫人には死産の経験があるそうです。もしその子が生きていたとすれば、ローゼくらいの年だと思われます。……おそらく彼女は、なにか事情があって捨てられ、農家に拾われたのではないかと思います」
「……なるほど。面白いね。これはぜひ、そのパウラ殿に会ってみたいものだ」
身を乗り出すクラウスに、ギュンターが口を挟む。
「しかし、アンドロシュ子爵家からは近年エーリヒ殿しか社交に出てこないだろう。ご当主は屋敷に引きこもり、金貸しの真似事をしていると聞いているぞ。引っ張り出すのは難しいんじゃないのか」
「そうだな。なにかきっかけが必要だなぁ」
クラウスが、足を組み、ゆったりとソファに背中を預けたタイミングで、廊下から言い合う男女の声が聞こえてくる。
「エミーリア様、どこに行っていたんですか! 探していたんですよ?」
「あっ、ディルク! 大変なのよ、ローゼがいないの」
「一緒じゃないんですか?」
「消えたのよ、ほんの少し目を離した隙に!」
騒がしい声は、エミーリアとディルクのものだ。
どうやら何事か起きたらしい、とフリードは頭を抱えつつ立ち上がったタイミングで、「あっ、どこ行くのよディルク!」と叫ぶエミーリアの声が響き渡る。