マドンナリリーの花言葉
エミーリアはまだ令嬢との話に夢中だ。ローゼとクルトのこそこそ話は聞こえてはいないのだろう。
背もたれの影に隠れるクルトはあまり人の目には入っていない。そもそも、使用人というものは、貴族から見ればモノと一緒で、存在していても意識しなければ記憶に残らないものなのだ。
「……分かったから、今私の身分のことを言うのはやめて」
ローゼは静かに立ち上がり、内心でエミーリアに謝りながら部屋を出た。廊下に出た途端、クルトに引っ張られ、使用人用の通路に連れ込まれる。東の宮の使用人たちは、突然現れた豪華なドレスの令嬢に思わず頭を下げ、クルトはそこを堂々と走り抜ける。そして、連れ出されたのは薔薇園の裏手だ。
「クルト……あの」
「こっちだよ。しがない花商人の僕は、薔薇園の正面からは入っていけないからね。でも、裏手からなら自由に見られるんだ」
「そう……なの」
「ほら、こんな品種、珍しいだろう?」
紫色の薔薇は珍しい。たしかにと思って生け垣に近寄ろうとした瞬間、クルトに腕を引っ張られ、ローゼの視界は反転した。
背中に感じる冷たい土の感触、頬に刺さる、伸びた雑草の先端。
ローゼのドレスをまたぐようにして、クルトが覆いかぶさってくる。
ローゼはようやく状況を理解した。クルトによって押し倒されたのだ。
「いやっ」
「大きな声を出すなって。どうせどこかの貴族様ともうまいことやってるんだろ? いいご身分になったもんだよなぁ。こんないいドレスを着せてもらってさ」