マドンナリリーの花言葉
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街を軽く観光し、宿に収まったのは夕刻だ。
ローゼの身分だと宿に泊まるときに個室をとることはない。男女で分けられた大部屋で寝るのが普通だ。
だから、ベッドがふたつある整えられた個室に連れていかれた時は、一瞬何が起こったのか分からなかった。
「ここは……?」
「一泊すると言っただろう。ああ、心配しなくても、婚前交渉をしようとは思ってないから安心していい」
「婚前……っ」
「……その気だったのか? ……なわけないか」
はちきれんばかりに首を振るローゼを見て、ディルクは笑いながら否定した。
「折角旅行なのに、別の部屋で寝るなんてつまらないだろう」
「は。はい?」
「……俺はフリード様と違って、この先すごい贅沢をさせれやれるわけでもない。今日くらいそういうもんだと受け取ってリラックスしてくれないか?」
ディルクの言葉が素直に浸透していかず、ローゼは戸惑う。
「この先……一緒に旅行することなんてあるんですか?」
「家庭に入ったら旅行に行かない気なのか? 君が勤勉なのは知っているが、時々は休みを合わせることだってできるだろう?」
「え、でも。婚約って、アンドロシュ子爵からの養子縁組を阻止するためだけのものじゃないんですか?」
ローゼの問いかけはディルクの額にうっすら青筋を立てるのに十分だった。
「何の勘違いをしているんだ。君は人の話を聞いているのかっ!」
「ご、ごめんなさいー」
「……俺がどんだけ緊張してご両親に伝えたと思ってるんだよ……」
照れて困るディルクというのも、ローゼにとってはかなり珍しい姿だ。