マドンナリリーの花言葉
(嘘……、だったら私、信じてもいいの)
そんなはずはない、と訴えるもう一人のローゼはあまりの衝撃にどこかに行ってしまっていた。
震える声で、ローゼは心の底の不安を確認する。
「じゃあ、本当に、私と結婚してくださるんですか?」
「俺は君が好きだとも守りたいとも言っただろう? なぜ信じない」
「今から信じます!」
「だったらひとつ頼みがある」
え? と顔を覗きこんできたローゼの両手を掴んで動けないようにして、ディルクは素早くキスをした。
「未来の夫を呼ぶのに、いつまでも様はいらない」
「え、でも」
「名前を呼んで。ローゼ」
「ディ、ディル……クさん?」
「さん、じゃもっと変だろ。呼び捨てにしていい。エミーリア様がフリード様を呼ぶように」
「えええっ、でも」
ローゼの顔は真っ赤だ。だけどいつまでもディルクが手を放してくれないのでついに観念する。
「ディルク……」
言ったとたんに、体中が熱くなるのが分かった。同時にディルクがローゼを抱きしめ、「よろしい」とまるで教師のような反応をする。
「……婚前交渉はしない、なんて宣言するんじゃなかったな」
「えっ」
「冗談だ。だが君もちょっとあおりすぎだ」
「煽ってなんかないですー!」
「どうだか。君に見つめられて正気でいられる男はそんなにいないよ。俺だって、……結構我慢してる」
それでも、ディルクがローゼに対してキスまでしかしないのは、この初心な少女の夢を知ってしまっているからだ。
ロマンス小説に出てくるような男は、野獣のようにがっついたりはしない。
しかるべき時を待ち、全ての事情が解決したあかつきには、ロマンチックな夜を演出し言葉を尽くして女性を口説くのだ。
「早くアンドロシュ子爵の件を片付けてしまわないとな」
「え?」
「早く君を俺のものにしたいと言っている」
「ええっ」
慌てふためくローゼが可愛らしくて。ディルクはやはり少しだけ、紳士であることを自分に課したことを後悔した。