マドンナリリーの花言葉


 よく眠れないひと晩を過ごしたふたりは、翌日は早々に愛馬ディナに乗ってクレムラート邸まで帰った。
ゆっくり観光を楽しもうと思っても、屋敷の中のことが気になってしまい、ふたりとも落ち着かなかったのだ。

屋敷の裏口から入り、部屋まで荷物を運ぶ途中でフリードが廊下のむこうからやって来た。


「お帰り、ディルク、ローゼ」

「ただいま戻りました。……どうしました? 顔色があまりよくありませんよ」

「実はお前たちが出ている間に手紙が来てな。アンドロシュ子爵からだ」


その名前を聞いて、ローゼからすっと血が下がる。ディルクも思わず彼女の肩を抱き寄せた。


「荷物を片付けたら俺の執務室へ来てくれ」


不安のあまりディルクを見上げたローゼに、彼は力強く宣言する。


「心配するな。絶対に子爵に渡したりしないから」

「はい」


ローゼはディルクの言葉を信じている。彼がそばにいれば、不安を訴える声はどこかに遠ざかっていくようだ。

それから、ふたりはそれぞれの部屋に荷物を置き、すぐに身支度を整えてそろってフリードの執務室へと向かった。

中に入ると彼は部屋の壁を覆うように存在する書棚の本をちらちら眺めていたが、ふたりが来たのに気付き、ソファに座るように勧めた。


「これを見てくれ。エミーリアあてに来たんだ」


アンドロシュ子爵から送られてきた手紙は、紳士然としていて、これだけを見たならば疑うことなどないだろう。

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