マドンナリリーの花言葉
馬車の中で口論が始まった。パウラは願いが聞き届けられないなら飛び降りますと扉を開いたのだ。御者は驚き、馬も予想に反した動きを始めた。制御を失った馬車が暴走し、別の大型の馬車へとぶつかったのだ。
そのとき強く顔を打って、パウラは気を失った。
次に目を覚ました時、視界には何も映らなかった。柔らかいベッドに寝かされているのは分かったが、それだけだ。
暗闇から夫の声がして、「二度とこの屋敷を出るな」と言われた。
事故のことを聞いても誰も詳しいことは教えてくれなかった。
そして、それきり、男爵がパウラの前に現れることはなくなってしまった。
自分のせいだとパウラは思った。パウラが、あんなことをしたから。大好きなドーレ男爵を失ってしまったのだ。
あの事件から九年、パウラは期待するのを辞めた。
この男が死ぬまでの辛抱だ。
例え少女期からの、女としての一番いい期間を奪われたとはいえ、彼がいなければ路頭に迷うこともまた事実。
望む人形でありさえすれば、彼はパウラにかける贅沢は惜しまないのだから。
「そうしたら娘を別館に連れていくんだ。そこから先はゾフィーがやる。君は何も気にしなくていいんだ」
夫の声に我に返り、パウラは「ええ」と頷いた。
一体どんな蝶々がこの蜘蛛のような男の罠にかかってしまったのだろう。
同情はするがパウラ自身が蜘蛛の巣から逃れられない獲物なのだ。助けられるはずもない。
パウラは黙って、目を伏せた。