マドンナリリーの花言葉
11.九年前の悪夢と新たな一歩
一同の注目を浴び、クラウスは満足げに両手を広げて礼をする。芝居がかっているという点では子爵と同じだが、クラウスの場合は生まれながらの王族の血がそうさせるのか、見るものを引き付けて離さない。
「俺はドルテア国第二王子クラウス。以後お見知りおきを」
「なっ、なぜ王子がこんなところへ?」
「決まっているだろう? 囚われの姫君を救い出すのは王子の役目だからだよ」
そう言いながら、クラウスはパウラのもとへ近づく。ゾフィーが彼女を庇うように前に立つが、クラウスは物をよけるようにあっさりゾフィーを突き飛ばし、パウラの正面に立ち彼女の顎を持ち上げた。
怯えた様子のパウラは、しかしながら気丈に口もとを引き締め、クラウスを見つめ返す。
そこに、生まれながらの貴族の気品を見て取って、クラウスは満足げに口もとを緩めた。
「……うん。いいね。君だよやっぱり、俺が探していたのは」
「つ、妻から手を離せっ」
子爵は気圧されたようにしていたが、はっと我に返って叫ぶ。しかしクラウスは少しも意に介した様子はなく、鼻歌でも歌うように陽気に語りだした。
「妻……ね。……悪いがね、子爵。いろいろ調べさせてもらったんだ。君、婚姻届を出していないだろう。少なくとも、王家に届いている記録には、君の先の奥方が亡くなったところまでしかなかった。君が後妻を貰ったという話は、実はクレムラート領ぐらいにしか広がっていない。しかもすべて噂だ。まあ、当たり前だな。初老の男が社交界にも上がっていない若い女性を娶ったなんて知れたら、何を言われるか分からない。家族だってひた隠しにするだろう。……だからこそ、同じ領内の上位貴族であるクレムラート伯爵でさえ、相手の年齢までは知らなかったというじゃないか」