マドンナリリーの花言葉
と、そのときだ。
「……ぐあっ」
ローゼの耳のすぐ近くで、低い、鈍い悲鳴がした。
涙で曇った視界ではあったが、ローゼは首もとに突きつけられたナイフが、アンドロシュ子爵の手からするりと抜け落ちていくのを見た。同時に彼女の口を押えていた手の力も緩む。
カンと固い音を立ててナイフが床に落ちた。
「え?」
「ローゼ?」
彼女の小さなつぶやきを聞き漏らさなかったディルクが見たものは、立ちすくむローゼを拘束していたはずの子爵が、「ぐっ、あっ」ともがくようにうめいた後、前に向かって倒れたところだ。
その陰から現れたのは、震えながら剣を握りしめているパウラだ。床には血が滴っていて、それはパウラの手にある短剣を伝って流れているものだった。
「……パウラ夫人?」
「あっ……、ああっ」
パウラが悲鳴を上げ、血の付いた剣を離した。
床にカラカラと転がり落ちたと同時に、ひとりの剣士を相手にしていたクラウスが、男の腕を切り付け、間合いを取ったあと、ディルクのほうへと剣を投げた。
「えっ?」
「警護は君の役目だろ?」
咄嗟に受け取ったディルクは、微笑むクラウスにうなずき、フリードに向かって言う。
「ローゼをお願いします」
「ああ、しかし、ディルク」
「三人くらい、たいした数ではありません」
まだ戦意を喪失していない剣士がまとめてかかって来ても、ディルクは少しも引けを取らなかった。
それどころか、かかってくる三人に次から次へと切り付けていく。