マドンナリリーの花言葉
フリードは苦笑しつつ、倒れているアンドロシュ子爵のもとへと向かった。子爵の背中からは血が滴り続けているが、意識はあり、息を荒くし苦悶の表情をしながらフリードを睨みつけている。
「……放っておけば出血多量で死ぬとは思いますがどうしますか」
「どうしたい? パウラ殿。君が決めたまえ」
パウラに問いかけたのはクラウスだ。パウラは驚いたようにクラウスを見つめ返した。
「私が?」
「そう。君はもう人形じゃない。自分で決めるんだ」
「パ、……パウラ、助けてくれ」
かすれた声で子爵が懇願する。パウラの胸に沸き上がったのは、憎しみと憐憫の入り混じった複雑な気持ちだ。
この男に人生を狂わされた。同時にこの男がいなければ生きてはいけなかった。男に頼るしかない女の身がひとりで生きるには娼婦に落ちるしかない。
「……私を、もう自由にして」
ひと言口に出した途端、パウラの中からずっと押し殺してきた気持ちが沸き上がってきた。
「私は人形じゃない。こんな子供じみた服も部屋ももうたくさん! あなたの言いなりになるのはもう嫌なの。それに、ローゼにも手を出さないで。私たちをもう放っておいてくれるなら、あなたの命を助ける」
「お前っ……、くっ、わかった。……っ!」
うめくように言ったアンドロシュ子爵の掌をクラウスは足で踏みつけた。
「聞いたぞ。二言はないな。今後パウラ殿とローゼ殿に手を出したら、俺が黙っていない。……だれか、応急処置をしてやってくれ。それからフリード殿、あの侍女を捕まえてくれ、証人として使えると思う」
「はい」
侍女を探そうと部屋を出たフリードは、聞き耳を立てて中を伺っていた侍女を見つけ追いかける。
「待てっ」
存外に早い侍女を捕まえることができずにいたが、エントランスから入ってきたギュンターが、反射的に彼女の腕を捕まえる。
「フリード殿。……もしかして大体終わった感じかい?」
「ええ。その侍女を捕まえて終了というところでした」
「じゃあ一応間に合ったということだね」
ギュンターはにっこり笑うと、抵抗する侍女の首に一撃をくらわして黙らせた。
「悪いね。女性に手をあげるのは本意ではないのだけれど」
優雅に侍女を抱き止めながらすました顔でそういうギュンターに、フリードは思わず乾いた笑いを漏らしてしまった。