マドンナリリーの花言葉
すると、彼は困ったように目を伏せ、唇には笑みをのせた。
「……君は真面目で仕事ぶりは評価されるべきものだ。俺は何も聞かなかったことにする。これからもクレムラート家に尽くしてほしい」
ショックだった。
報われないのは仕方ないにしても、無かったことにされるのは納得がいかない。
「それはだめってことですか? ディルク様には恋人がいらっしゃるの? だったらそう言ってください」
ディルクは何も言わず、目を伏せた。ひと言も聞き漏らすものかと耳をそばだててているからこそ聞こえたような小さな声で、吐き捨てるようにつぶやく。
「その顔で、俺を惑わすのはやめてくれ」
心臓が切り込まれたみたいに痛い。なにか言いたかったのに、のどが詰まっていえなかった。
ディルクは聞こえたものとは思っていないらしい。やがて伏せていた目をあげ、彼女に微笑みかける。
「帰りは乗合馬車で帰るといい」
踏み入るなと、笑顔で釘を刺されたようだった。
ディルクが馬にまたがり進んでいくのを見ながら、ローゼは言われたことを繰り返し考えてみた。
でも、どう考えても納得がいかない。
顔はこの際、関係ないと思うのだ。
どちらかと言えば美しいとほめそやされる顔だ。嫌いになるにしても顔を理由にされるのは納得がいかない。
「あれ、ローゼじゃないの」
「母さん、馬を借りるわ」
「え、ちょっと!」
ローゼは実家の馬小屋から乗りなれた牝馬を出し、飛び乗った。
そしてディルクが向かった方向に馬を駆ける。
追いかけてどうなるものでもない。だけど、このまま引き下がれない、という気持ちだった。