マドンナリリーの花言葉
「……九年前のあの事故の後すぐは、本当に目が見えなくなっていたの。だからゾフィーの手助けが必要だったし、夫からはもう逃れられないと思っていた。でもね、徐々に見えるようになってきたのよ。最初はぼんやりと影がうっすら見える程度だったのだけど、今では輪郭はぼやけるものの表情も読み取れるわ。……でも、私はもう絶望していたの。今更また目が見えるようになったと言えば、夫からの監視が強まるだけだわ。それに私の生活は変わらない。見えても見えなくても、ここから逃げることなんて出来ないもの。だったら見えないと思わせておいたほうが多少自由になる」
パウラは苦笑しつつ、ディルクを見つめた。
「ゾフィーには記憶が混乱して何も分からないふりをして、いろいろなところに連れて行ってもらったの。ずっと家の中にいるのもつらいもの。ドーレ男爵はどこ? といえば、男爵領の近くまで連れて行ってくれたから。そんなときにあなたに会って……男爵と勘違いしたふりをするしかなかったの」
「では父が死んだことは?」
「墓地で知ったわ。詳しいことは分からなかったけど、奥様とお嬢様のお墓と並んでいたから、彼はやっぱり家族を選んだんだと思った。そんなときに……あなたに会って、懐かしい男爵様が戻ってきてくれたような気がして。私、あなたを騙しているっていうのに嬉しかったの。……ひどいでしょう? 何も知らないような顔をして私はみんなを騙していたの。クラウス様に望まれるような立派な女では……ないのよ」
黙って聞いていたクラウスは、くっと小さな笑いを漏らしたかと思うとやがて高笑いをした。
「どうしたクラウス。落ちつけ」
呆れたようになだめるギュンターに、クラウスは腹のあたりを押さえながら答える。