マドンナリリーの花言葉
2.同じ顔の貴婦人と彼の過去
ローゼがまだ目を腫らしたまま実家の農園に戻ると、心配でずっと見ていた母が迎えてくれた。
馬を繋いでいる間も泣き続ける娘を見て、母はその華奢な体を抱きしめる。
(土のにおいがする……)
ローゼが幼いころから馴れ親しんだ香りだ。
物語の世界にあこがれ、キラキラした貴族のお屋敷に魅力を感じている反面、懐かしいと思うのはこういった自然の香りだ。家に戻って来たのを実感出来て、途端に心が落ち着いてきた。
母親はローゼの呼吸が落ち着いてきたのに気付くと、彼女を離して下から顔を覗きこんだ。
百六十五センチあるローゼは小柄な母親よりも十センチほど背が高い。
「急に帰って来てなにかあったの? そんなに泣いて。仕事が辛いなら、戻ってきていいのよ」
皮が厚くなったごわごわした手で、母はローゼの頭を撫でる。
「違うの、ママ。違うのよ」
「違くないでしょう。あなたに貴族のお屋敷なんて無理だったのよ」
「無理じゃないわ」
ローゼはむきになって反論する。
無理じゃない。まだ雑用ばかりだけれど、仕事はちゃんとしていた。
ディルク様だって、仕事ぶりは評価できるって……。
彼のことを思い出して、悲しくなると同時に、男爵家のお家断絶について聞いてみたかったのだと思いだした。
ローゼはさっと頬の涙をぬぐって、母親に詰め寄った。