マドンナリリーの花言葉
(あら、もしかして照れていらっしゃる?)
そのまま見つめていると、彼は気を取り直すように口もとを押さえて咳払いをした。
「冗談だ。本気にするなよ」
「私は本気です。逢瀬の相手が自分と同じ顔だったんですよ。ショックは計り知れません」
「逢瀬じゃない。あれは……」
「あれは?」
言おうか言うまいか、ディルクは迷っているようだった。
しかし、興味津々のローゼの目に当てられたのか、ため息をついて苦笑する。
「聞いたら君は俺に幻滅するよ。……まあ、そのほうがいいのか」
「幻滅なんてしません」
「本当に?」
ふっと顔が近づいたかと思うと、耳もとに息を吹きかけられた。
いや、正確には、小さな声で言ったのだ。
「俺は彼女を騙している」と。
「どういうことです?」
「彼女は、……九年前の馬車の事故で視力を失った。その時に軽い記憶障害になったんだ。事故の間際の記憶がないらしい。そして、成長し父と同じ声になった俺を、父と間違えているんだ」
「え?」
「それを利用して、俺は彼女から記憶を引き出そうとしているだけだ」
ディルクは目を閉じ、深いため息を漏らしてからそっと過去の出来事について語りだした。