マドンナリリーの花言葉

『失礼、そこはうちの……』


墓ですが、と問いかけた途端、金髪の女性は満面の笑みで振り向いたのだ。
すっと通った鼻、ぱっちりした瞳と艶のある小さな口は、芸術家が筆で描いたかのように完璧に配置されている。
その美しさには、ディルクも一瞬目を奪われた。しかも、彼女はディルクが予想もしなかった行動に出た。


『その声! ドーレ男爵ね? どこに行ってらしたの? 私、ずっとずっと探していましたの』


ディルクが反論する暇もなく、パウラは彼に抱き着いてきた。ディルクは反射的に彼女の肩を捕らえ、押し戻した。不思議そうに顔を上げた彼女の焦点はあっていない。ディルクの少し後ろあたりを捕らえながら、艶のある唇を不満げに尖られた。


『あの……』

『どうして屋敷に来てくださらなくなったのです』

『あなたは』


誰なんだ、とディルクが聞こうとしたとき、傍にいた頭巾をかぶった女性が唇に指をあて『しっ』と小声で指示した。黙ったディルクから、彼女を奪い取るようにして抱きしめる。
手にあったふわりと柔らかい感触が消えて、ディルクの胸は複雑にくすぐられた。


『パウラ様、男爵を困らせるのはおやめください。男爵にもお立場がございます』

『でもゾフィー。待っていたのよ、私。ずっとずっと……ずっと?』

『そうですわね。明日もまたお待ちしましょうね』

『ええ。そうね。そうだわ』


不思議な会話だ。

ディルクは何も口を挟むことができず、ただ黙って、パウラの手を取る侍女のゾフィーを見つめた。
ゾフィーはディルクに目配せをすると、パウラを何やら言いくるめて少し離れたところに停めている馬車まで連れていく。

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