マドンナリリーの花言葉
『奥様、少しお待ちいただけますか?』
『ええ?』
そして馬車にパウラをのせ、御者に任せると足早に戻ってきた。ディルクの前で立ち止まり、深々と礼をしてみせる。
『ドーレ男爵のご長男だとお見受けしました』
『ああ。そうだ。俺はディルク=ドーレという。……あの人はもしかして』
『アンドロシュ子爵夫人です。九年前……あなたのお父上と一緒にいた』
『やはり』
ではあの女が、男爵家を滅ぼした元凶なのだ。冷静で知られるディルクの眉間にも自然にしわが寄った。
『けれどどうか、責め立てるのはおやめくださいませ。パウラ様は不幸な身の上の女性なのです。それに……』
ゾフィーがいうには、パウラは事故に遭ってから視力を失い、記憶障害に陥っているのだそうだ。
特に事故前後の記憶がなく、彼女の中ではまだ、ドーレ男爵は死んでいない。そして彼を見失ったのはこの場所だと彼女は思い込んでいるのだという。だから、夫が不在の日は男爵を探しにここまで遠出するのだと。
『あなた様にとってパウラ様が憎らしい存在なのは承知しております。でもどうか、これ以上混乱させるのは辞めてくださいませ』
『混乱? あれだけのことを起こして、のうのうと生きてるだけじゃないか。俺の母や妹は死んだんだ。それはすべて彼女と父のしでかしたことの結果だ』
『落ち着いて下さいませ。それは誤解ですわ』
『何が誤解だ』
『ドーレ男爵と奥様が不倫関係だというのがそもそも誤解です』
ディルクは眉をひそめた。