マドンナリリーの花言葉
「でしたら、我が屋敷にお泊り下さい。エミーリアも義兄上には積もる話がたくさんあるでしょうし、私もベルンシュタイン領の話を聞かせていただきたい」
朝から出かけたディルクは夕方には帰ってくるだろう。
ギュンターと鉢合わせすると、絶対に怒るに決まっている。フリードとしてもディルクを怒らすのは面倒で嫌なことこの上ないが、この際仕方がない。
今は話を取り付けるほうが優先だ。
「そうだな。しかし、コルネリアが心配なのだが……」
コルネリアとは、ギュンターの奥方だ。どうやら最近妊娠が発覚したらしく、つわりで体調が思わしくないのだという。
「一日くらい遅れても大丈夫でしょう。雨が降れば足場が悪くなる。義兄上が怪我をしてはかえって奥方様は悲しまれます」
フリードが重ねて言うと、ギュンターも諦めたように笑った。
「それもそうだな。では御厄介になろう」
「ええ、エミーリアが喜びます。トマス。悪いが、先に帰って屋敷の者に準備するよう伝えてくれないか」
「はい」
大柄な従者が笑顔で頭を下げる。
「悪いな、トマス」
「いえ。ギュンター様とエミーリア様がそろい踏みなんて久しぶりなんでワクワクしますよ」
トマスは、もとはエミーリアの従者でベルンシュタイン領の出身だ。ギュンターとも幼馴染なので、久しぶりに会うや否や親し気に話をしていた。
今は妹のマルティナの従者をさせているが、無理やりでも連れてきて正解だったな、とフリードは頬を緩めた。
「では先に参ります。雨が降り出す前にフリード様もギュンター様もいらしてくださいね。ルッツ頼むぞ」
「はーい。お任せください。トマスさん」
トマスとルッツも顔見知りで、視察の間、ふたりは久しぶりの再会に顔を綻ばせていた。
「さて……」
トマスが馬に乗り空を見上げたのと同時に、ぽつりと水滴が落ちてきた。
「早くしないと、……強くなりそうだな」
そのまま、徐々に濡れていく地面に足を取られそうになりながらも、馬は一路クレムラート伯爵邸を目指した。