マドンナリリーの花言葉
「え、と、あの。花農家なんです。えっと、ここより北の……子爵領との境あたりです」
「……そうか。ご両親は?」
「健在です。お屋敷で仕入れている花も家で作っているんですよ」
「なぜメイドに? 花農家なら仕事には困っていないだろう」
「私、どうしてもお屋敷勤めをしてみたくて……」
一年前に、とある事情で領主夫妻の披露宴を覗き見たその日から、この屋敷に勤めるのが夢だった。
こんなにキラキラした世界があるなら、本当に片隅でもいいからそこに居たかった。
「……そうか」
ディルクはなにか腑に落ちないと言った声を出したものの、それきり黙ってしまった。
「あ、あの」
困ったローゼが上目遣いで見上げると、こげ茶の瞳が苦いものを見るように歪んだ。
なにかしただろうか、とローゼは一瞬怯む。
「……いや、呼び止めて悪かったな。住み込みなんだろう? 頑張って勤めてくれ」
「は、はい!」
ローゼは深く頭を下げた。そして、顔を上げた時には、ディルクの背中は階段のほうへと向かっていた。
けれど彼の顔はしっかり頭に焼き付いた。
「ディルク、さま」
心臓が暴れ出しそうだ。憧れのお屋敷に勤められるだけでも凄いことなのに、ずっと憧れていた恋までしてしまった。
(私、頑張ろう。ディルク様に褒められるように。そしていつか好きになってもらえるように!)
ローゼはナターリエに戻りが遅いことを叱られるまで、胸のときめきを存分にかみしめていた。