マドンナリリーの花言葉

「なのに、馬車は傾き、私は血だらけになり、あなたもひどい怪我をなさった。……私は屋敷に戻され、しばらく抜け出すことは叶わなかった。記憶が混濁していて、誰と何を話したのか覚えていませんが、あなたとはもう会えないということだけはわかりました。だから嬉しかったですわ、また会えて」

「そう……ですね」

「もう私は何も望みません。ただこうして、あなたと時々会うことができればそれで充分です。……あなたには、奥様もお子様もいらっしゃるのですもの」


ディルクは、怒りに似た感情が喉元までせりあがってくるのを感じて、息を止めた。
この会話のどこをとっても、父とパウラの愛人関係を疑わせるところはない。
しかも彼女の中の父は事故に遭う前の状態で止まっているようだ。妻も子もいると知っていて、どうしてこんな風に無邪気に抱き付いてこれる。

思わずゾフィーを睨みつけてしまい、居心地悪そうに肩をすくめた彼女は「パウラ様、もう戻りませんと」とパウラを馬車へと戻してしまう。


「では失礼いたします」


慇懃無礼に頭を下げるゾフィーにディルクは眉をひそめて告げた。


「父と彼女に愛人関係がないというのは、君の勘違いじゃないのか？」

「そんなことはありませんわ。奥様とドーレ男爵は清いお付き合いでした」

「前から聞きたかったのだが、父と彼女はいったいどこで出会ったんだ？　アンドロシュ子爵は高齢であまり夜会にも出ていらっしゃらない。もちろん、同じクレムラート領内に居を構えているのだから、交流があってもおかしくはないが、夜会に出てくるのもご子息のエーリヒ様と奥方様だけだ。パウラ夫人と交流を持つのは難しい」