【短編】Rain
「花」
返事が、出来ない。
優しくて温かい声で私の名前を呼んでくれることが嬉しいはずなのに、苦しくて。ダメなのに、名前を呼ばれるたびにまた想いが大きくなってしまう。
口を開けば、この大きな想いが溢れ出してしまいそうで苦しい。こんな気持ち、知らない。
「那智くん!」
雨音と騒がしい話し声が飛び交う教室の後方のドアから華奢で可愛らしい女の子が顔を出した。
確か、隣のクラスの子だったっけ。なんて、呑気に思うと同時に、私は彼女が那智の恋人なんだと分かってしまった。
だって、私がいつも一番近くにいて、私が一番知っていると思っていた那智が、私が一度だって見たことのない知らない表情をしているんだから。
こんな那智、知らない。
まるで知らない人のように感じてしまう表情を浮かべる那智。彼にこんな表情をさせてしまう彼女が羨ましいと思う嫉妬心が生まれる反面、そんな彼にすら胸がときめいてしまう私が憎たらしい。
今ここにいる那智は、私じゃなくて彼女のことを考えているのに。そんな那智すら、私は好きになってしまうなんて。