イジワル上司の甘い毒牙
王子様の裏の顔
「ったく、誰があんなブスと付き合うかよ」
聞こえてきた声に、思わず自販機から取り出したコーヒー牛乳の紙パックを床に落とした。
それが私の平穏な人生の幕が下りるカーテンコールだった。
いや、もしかすると見たくもない告白シーンに遭遇してしまったところから既にエンドロールは始まっていたのかもしれない。
床に落ちてどこか哀愁漂うコーヒー牛乳に視線を向けたまま、顔を上げることが出来ない。
どうやってこの場を切り抜けようかと思案して悩んでいると、視界の端に男物の靴が入った。
「はい。落としたよ」
恐る恐る顔を上げると、童話の王子様のように白い歯を覗かせて優しく笑う男がそこにはいた。
「あ、ありがとう、ございます」
ぎくしゃくと長い間メンテナンスされていないロボットのようにぎこちない動作で差し出された紙パックを受け取って、頭を下げる。
良かった。いつもの"あの人"だ。
きっとさっきのは空耳。私が疲れているだけ――
「……さっきの、誰にも言うなよ」
じゃ、ない。
何食わぬ顔で私の横をすり抜けていった男。
風を切る音がするほどの勢いで振り向くと、やはり後ろ姿は見覚えのある、"あの人"だった。
「……嘘でしょ……」
身体から力が抜けて、床に座り込むのと同時にコーヒー牛乳が落ちて床を跳ねる。
今度は拾い上げてくれる人なんて、いなかった。
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