イジワル上司の甘い毒牙

「……私のこと、からかって遊んでたんですか?」


彼から答えは返ってこない。

不安になってそう続けると、微かなノイズのあとに、日高さんの落ち着いた声が聴こえてきた。


『……君と俺が再会する前から、俺は佐倉さんに気付いてたよ』


やっぱり、この人はずっと前から私のことを覚えていた。全部わかっていて、今まで試すような言動をしていたんだ。


『同じ会社に入ってきたって風の噂で聞いて、ずっと話しかけたかった。でも、廊下ですれ違って挨拶しても、佐倉さん、俺のこと覚えてないみたいな反応するし』


記憶というのはデタラメで、数年会わずにいると、少し雰囲気が変わっていただけで、案外気付かないものだ。

単純に、私の記憶力が悪いだけかもしれないけど。

そこまで考えて、日高さんを責めることがいかに見当違いなことかを知り、私は口を噤んだ。


彼は嘘なんか一つもついてない。
最初から、今に至るまで。

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