イジワル上司の甘い毒牙
「……日高さん?」
恐る恐る、話しかけてみても返事はない。
かなり大きな物音だったから、まさか転んで頭を打ったとかではないかと心配になって、通話口に向かって日高さんを何度も呼んだ。
「ひ、日高さぁん……」
応答のない通話に不安になって涙ぐんでいると、背後から肩を叩かれて、私は反射的に振り向いた。
「っ、こんな遅くに、何考えてっ……」
エレベーターも使わずに慌てて駆け下りてきたのか、髪の毛を乱して肩で呼吸をする日高さんが、私の肩を掴んでいた。
「女性が一人で、何かあったら……いや、そんな話をしたいんじゃないな」
日高さんは日高さんで、かなり混乱しているらしく、きょとんとする私は見て、安心したように笑ったかと思えば、怒ったような顔をして、次に困ったように眉をひそめた。