イジワル上司の甘い毒牙
「っ疲れたー……」
オフィスの隅の方ににある自分のデスクで私は死んだようにうなだれた。
新しいプロジェクトのプレゼンまであと5日もない。なんだこの有り得ない過密スケジュール。
普通なら1ヶ月以上かけてテーマ決定から資料集めとプレゼン資料や原稿を作成するものを、あの男は一週間以内にやれと笑顔で言い放ったのだ。もちろんそれ一つだけをやるわけでなく、普段やらなくてはいけない色々な仕事をやりながら。
恐らく私を多忙に追い込んで誰かと接する機会を無くそうということなのだろう。そんなことをしなくても私は誰かに話したりしないのに。
「ひゃっ!?」
日高春人のことについて考えていると、ふと後ろの首筋にひんやりとした感覚がして思わず悲鳴を上げた。
「あはは、佐倉さん驚きすぎ」
「あ……日高さん」
慌てて振り向くと、そこには件の男が立っていた。いつものように爽やかに笑って、その手に持っていた物を私の手元に置いた。
「お疲れさま。これ、あげる」
日高さんが出会った時に私が買ったものと同じ、コーヒー牛乳。拾い上げたほんの一瞬しか彼の目には入っていないはずなのに、覚えていたんだ。
思い出したくもない、それほど遠くはない過去の出来事を思い出して私は遠い目をした。
あの時これを落とさなければ、こんなことにならなかったのに。