イジワル上司の甘い毒牙
この会社に入って五年以上になるけど、ビジネスで必要のない関わりは極力避けてきた。下手に交友関係を広げて面倒事に巻き込まれたくなかったからだ。
まさかそれがこんな形で悪い結果に転がるなんて。
彼女達からして見れば、私は"自分達に一切良い顔をしてくれない女"。
私がもう少し可愛くて愛想も良ければ、日高さんの近くにいてもここまで恨まれなかっただろう。仕方がないじゃないか、私なんかが日高春人クラスの人間と接触することになるなんて、思わなかったから。
「もしかして、先約があったのかしら?」
黙り込んでしまった私を、女性社員は面白くなさそうに覗き込んだ。
なんて言って、断ろうか。
下手な嘘をついても私は顔に出てしまうから本当のことを混ぜて……。
「お待たせ、佐倉さん。仕事は終わった?」
断り文句を考えていると、聞きたくない低音域の声が耳に入ってきて私は顔を顰めた。
私を見下ろす女性社員の顔が見る見る朱色に染まっていって、口元を両手で押さえて横に退いた。
「ひ、日高さんっ……」
惚れていることをまるで隠そうともしないで、女性社員は甘ったるい声で彼を呼んで熱い視線を送った。
「ど、どういうことですか?最近、佐倉さんとすごく仲が良いみたいですけど……」
私に見せた威圧的な態度から一転、恋する乙女の表情でもじもじしながら、彼女は日高さんに問いかけた。
日高さんはそこでようやく女性社員に視線をやって、にっこりと童話の王子様さながらに白い歯を見せて笑った。
「ごめんね」
日高さんは簡潔に、一言。
それだけを残して、呆然とする私の腕を引いてオフィスから出たのだった。