イジワル上司の甘い毒牙

連れて来られたのは会社からほど近い個人経営の居酒屋。

板前の服を着た恰幅の良い中年の男性と日高さんが一言二言談笑して、すぐに店員の女性に一番奥の小上がり席に案内された。


「最悪、最低」


食器同士がぶつかり合う音や笑い声が響く騒がしい店内で、私は相手に聞こえるようにはっきりとそう言った。


「ごめんね、本当はお洒落にフレンチレストラン……と言いたいところだったんだけど、こういうところじゃないと砕けた話ができないから」


悪態をつかれた日高さんは、大したダメージも受けていないようで少しだけ困ったように笑ってそう言った。

私が言ったのは場所のチョイスだとか、そういう話ではない。


「そうじゃなくて、何であんなこと言ったんですか!」

「あんなこと?」


湯気を出すおしぼりで指先まで丁寧に手を拭きながら、日高さんはきょとんとした顔で首を傾げた。

そのすっとぼけた態度が私の神経を逆撫でして、思わず前のめりになってしまう。


「あそこで謝るだけで何も弁解しないって……誤解させるじゃないですかっ!」


私が息を荒らげてそう言うと、タイミングよく小上がりの襖が開けられた。

店員さんが飲み物をテーブルに置いて去ろうとするその背中に、日高さんが朗らかにありがとうございます、と言って見送った。


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