イジワル上司の甘い毒牙
「まあまあ、熱くならないで。まずは乾杯しようよ」
「あ、はい……」
心底楽しくて仕方ないといった表情で、日高さんがお酒の入ったグラスを差し出して来るのでつい乗せられて、私も慌ててグラスを取った。
キン、とガラス同士がぶつかる音を聞いてから、私は口を開いた。
「それで……話って、何ですか?」
「え、別にこれといったことはないよ」
「はいぃ?」
あっけらかんとそう言った日高さんを睨みつけて、私は眉根を寄せた。
すると日高さんはグラスに口をつけながら、無知な子供のような顔をして首を傾げた。
「佐倉さんが俺のことを知りたいって言うから、お話する場を設けただけだよ?」
湾曲された事実に私は青筋を浮かべながら木製のテーブルに爪を立てる。
「あなたのことを知らないから信用できない、みたいなことは言いましたけどね……!」
「そうだっけ」
明らさまな怒りを表現している私を見ても、日高さんは一切の動揺も見せずにふわりと笑った。
ここまでの短い付き合いの中で彼についてわかったこと。この人、仕事のことはきっちりやるけどプライベートとなるとこんな具合に適当だ。食生活のことも含めて、案外そこまで几帳面な人じゃない可能性もある。
あとは、天然なのか計算なのかわからない、女性の気を引くような言動。
この惚けた態度も合わせてムカつくし、本当に何を考えているのか全く読めない。あるいは本当に何も考えてないのかもしれないけど。