イジワル上司の甘い毒牙
「……ちょっとだけね」
「ちょっとだけぇ……?」
恋愛経験の乏しい私はそこでキャパオーバー。それ以上の想像力が働かずに思考が停止してしまった。
「うそうそ。何もしてないよ、本当」
珍しくぎょっと目を見開いた日高さんの手が、頬に伸びてきてようやく自分が泣いてることに気が付いた。
まさか泣かれるとは思ってなかったのか、焦った表情を隠そうともせずに私の機嫌を取ろうと頭を撫でてくる。
ショックでそれどころではなく、私がその手を振り払おうとしないことに多少なりとも気を良くしたらしい日高さんが、抱き寄せようとしてきたので頭突きと足蹴りを食らわせた。
「貞操固いねー」
「当たり前です!」
あまりダメージがなかったらしく、日高さんはからかうように笑いながら私から離れた。
「良かった……もし本当に婚前交渉してたら父に自害を迫られるところでした」
「佐倉さんのお父さんっていつの時代の人なの?」
日高さんの突っ込みを聞き流しながら、改めて自分の身体を確認するようにぺたぺたと触って、異変がないことにほっと胸を撫で下ろした。