イジワル上司の甘い毒牙
「いや、あの……それは、仕事の打ち合わせで……」
「仕事の打ち合わせで、自宅に行くの!?」
考えに考え抜いてようやく口から出た返答は、彼女達にとって火に油を注ぐ結果になったようだ。
ああでもないこうでもないとマシンガンのように多方面から繰り出されてくる罵声に、私は耳を塞ぎたくなった。
今日は営業の人達が軒並み外回りに行っているので、事務員しかいない。つまりは女の巣窟。そして、その半数以上が日高春人を信仰しているグループだ。助けてくれる人なんて、いない。
罵詈雑言をバックグラウンドミュージックとして、どうやって切り抜けようかと思案していると誰かの一言だけが、やけに鮮明に耳に届いた。
「日高さんに身体を売ってまで気に入られようとするなんて、汚い女!」
その言葉に私が顔を上げると、発言主らしきボブショートの可愛らしい顔立ちの人と目が合った。容姿に似つかわしくない醜悪な表情が、私と視線を交えたことにより我に返ったようなものに変わった。
私は大きく目を見開いて、首をかしげた。
「日高さんがそんなことをする人だと思ってるんですか?」
一言、私がそう言うとオフィスは一気に沈黙に包まれた。
自分がどんな表情をしているのか、自分ではわからないけれど目の前にいる人達の表情が苦悶と恐怖に歪んでいた。
「汚いのは誰でしょうね」
そう吐き捨てて、呆然とする群れをかき分けて私は自分のデスクに向かった。
仮にも自分の好きになった人のことをそんなふうに言えるなんて、どうかしている。
私はもやもやした気持ちのまま、日高さんからGOサインが出たプレゼンの最終調整に取り掛かった。