イジワル上司の甘い毒牙
「……はい」
膨大な知識とスキルを持った人が、せっかく自ら手を貸してくれると言うのなら断る理由はない。
私は大人しくうなずいて、受け取ったファイルを握り締めた。
「佐倉さん、最近素直になってきたよね」
「え?そう、ですかね……」
「うん。前の佐倉さんなら絶対、一人でやりますって、今頃俺に背を向けてたと思う」
そんな自覚は全くなかったけど、言われてみれば、自分の中で日高さんへの不信感や嫌悪感に似た感情は、ほとんどないことに気が付いた。それがいつからなのかは分からない。
「日高さんも、よく笑うようになりましたよね」
そういえば、と思って何気なくそう口にすると、予想外の発言だったのか、日高さんは目を丸くした。
よく笑うようになった、というのは少し違う気がするけど、以前と比べて事務的な笑顔が減ったというか。
出会った頃にあった、張り詰めた空気感がなくなって、今は一緒にいると肩を下げていられるくらいには安心感するような、柔らかな雰囲気がある。