イジワル上司の甘い毒牙
「ありがとうございます。日高さんのおかげで頑張れそうです」
思ったままに感謝の言葉を口にして頭を下げる。顔を上げると、頭が何かにぶつかった。
ぱちりと瞬きをして、状況を確認する。
日高さんの、背中に回された左手と、後頭部を支える右手。自分が今、彼に抱きしめられていることを理解した。
「ほんと、俺をどうしたいの?」
日高さんが脱力したように私の肩に顔を埋めて、グリグリと頭を押し付けてくる。
「日高さん、あの、離してください」
いつどこで人が来るかわからない、オフィスのそばの廊下で、こんなふうに男女が抱き合っているのは非常にまずい。
誰かに見られていないかと不安になって周囲に視線を回して、誰もいないことを確認してほっと息を吐いた。
「……ごめん。そうだね」
私から離れた日高さんが、まるで熱に浮かされたようにぼんやりとした表情で微笑んだ。
「そ、それじゃあ、また」
色気のあるその仕草に思わず心臓が高鳴って、私はごまかすように頭を下げて、そのまま日高さんを視界に入れないようにしてオフィスへと戻った。
違う、これは、違う。
こんなに容姿の整った人に抱きしめられたら、誰だってドキドキしてしまうはず。だから、違う。