イジワル上司の甘い毒牙
さよなら平穏
今日の降水確率は0%、快晴。気温は22度。
気持ちの良い朝だった。いつもはうねってなかなか治らない前髪もすぐにセットできたし、引け目なんてない完璧なスタート。
こんな素晴らしい日に何か不穏なことが起きるなんて有り得ない。そんな晴れ晴れしい気持ちはたった一言で打ち砕かれた。
「佐倉さん、おはよう」
今朝の天気に引けを取らない程の爽やかな笑顔で登場した男に私の心は一気に氷点下。
周囲の社員――特に女子からの好奇の視線に晒されて無視しようにもできない。
そんなことをしようものなら明日から私の居場所はないだろう。
「……おはよう、ございます」
精一杯の笑顔を作って応える。
口元がピクピクと引きつっているのが自分でわかる。
何なにナニ。何を考えているんだこの男は。
「佐倉さん、日高さんと仲良くなったの?」
ビクビクしながら日高春人を見上げていると、少し離れた場所から嫉妬と羨望の混じった女子の声が聞こえてきて私はカッと目を見開いた。
「そっ……んなんじゃ、ないですっ!」
噛み付きそうな勢いで女子の方に振り向くと、元凶である日高春人が私の背後で鼻で笑ったのがわかった。
驚いて日高春人の方に向き直ると、何事もなかったかのようにニコニコと人好きのする穏やかな微笑みを向けてきた。
みんなこの顔の造形の良さで騙されるのか。
寒気がしてぶるりと身を震わせて、きゃあきゃあ騒ぐ女性社員とその中心にいる日高春人から視線を逸らして自分のデスクに座った。
こんな人たちに構ってる暇なんてない。とにかく私は次のプレゼンの資料を完成させたい。