イジワル上司の甘い毒牙
「佐倉さん……?」
寝ぼけているのかふざけているのか、日高さんは目を覚ました先の視界にいた猫に向かって、私の名前を呼びかけた。
誰が猫か、と思いながら苦笑いを零して、一人と一匹の様子を観察する。
飼い主だからと言えばそれまでだけど、日高さんは随分と飼い猫の諭吉くんに懐かれているようだった。
日高さんが猫の顎を指先ですりすりと撫でると、猫は甘く鳴き声を上げた。
猫といえば気まぐれでツンツンなイメージがあったから、こんな風に終始甘えるものとは思わなかった。
日高さんの穏やかで慈しむような表情や仕草から、よほど可愛がっているんだとわかる。
「いいなぁ……」
ぽろりと、無意識に零れ落ちた言葉は、確かに私の唇から発したもので。
「え」
私がしまった、と思った時には日高さんが驚きの声を上げて、目を見開いていた。
「……っ、今のは、私も猫に触りたいって意味で……」
私が顔を真っ赤にして必死に首を振ると、日高さんは驚きに染まった顔を、次の瞬間には悪戯を思い付いた子供のような表情に変えていた。