イジワル上司の甘い毒牙

「せっかく可愛い顔をしてるのに」


つまんでいた前髪が弾かれて、鼻頭をくすぐる。


「……か、ら、かわないで、くだ、さい……」


弱々しい声でそう反論すれば、日高さんは小さく笑ったようだった。


「本気だよ」


今度は、長い前髪をよけられて、日高さんの真剣な瞳と真っ直ぐに視線がぶつかった。

"千枝ちゃん、好きだよ"

そう言えば、あの人も、人の目をよく見つめてくる人だった。

だから、こうして前髪で相手をよく見えないようにするように、なったのに。


「……私は、日高さんがよくわかりません」

「知りたいことなら何でも聞いてくれたらいいのに」


目を合わせているのが気まずくて、そっと視線を逸らせば、日高さんはため息をついて私の手を離した。


「……日高さんって、私のこと、好きなんですか?」


思わずそう口にして、空気が一瞬で凍り付いたのがわかった。

しまった、と思った時にはもう遅くて、日高さんは少しだけ悲しそうに、笑った。


「ずっと前からそう伝えていたはずだけど、覚えてない?」


一線を超えたあの夜の日のことか――記憶を辿ってみても、何も思い出せない。


「……ごめんなさい」


少し考え込んだあと、適切なセリフが浮かばなくて、小さくそう答えると、少しだけこめかみがちくりと痛んだ。


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