イジワル上司の甘い毒牙
「そういえば千枝、あのイケメン先輩と同じ会社に就職したんでしょ?」
「イケメン先輩……?」
同じ会社?と首を傾げる私に、友人は信じられないというような顔をして、続けた。
「ほら、あのバスケ部のエースで主将だった」
人好きする爽やかな笑顔と黒髪を思い出して、私は目を見開いた。
「日高先輩に告白されて断るなんて、ほんと贅沢だよねー」
「……日高、先輩」
人当たりの良い穏やかな微笑みと、光に反射すると明るく見える色素の薄い黒髪の上司の顔を思い出して、私は息を呑んだ。
「そうだよ。日高春人……千枝が告白されて、ビビって振った人だよ。もう覚えてない?」
"ずっと前からそう伝えていたはずだけど、覚えてない?"
あの言葉は、そういう意味だったんだ。
私が高校時代に告白され、私が臆病ゆえに、彼とは釣り合わないと振った先輩と、今の私が所属する会社、同じプロジェクトの下に働く上司――日高春人。
かちりと、記憶のピースが当てはまる音に、目眩がした。
どうして、こんな大事なことを、大事な人を、私は忘れてしまっていたんだろう。