繋がる〜月の石の奇跡〜
少しして井上が切り出した。
「あ、わりぃ。どこか行くところだったんだよな。急に引き止めちゃって。」

「気にしないで。ちょっとコンビニまで行こうとしただけなの。」

「そっか。じゃぁ、俺行くわ。」
ドアを開くと、井上はすぐにまたドアを閉じた。

「どうしたの?」
えみが尋ねる。

「ごめん。もう少しだけかくまって。あいつまだ外にいるからさ。」

親指を立てて、ドアの方をクイクイと指してジェスチャーしながら言った。

「あいつ」とは、少し前に井上を探していた大倉ゆりこのことだ。

『喧嘩でもしたのかな。』
えみはそんなことを考えた。

「いいよ。玄関にいるのもあれだし、よかったら上がって。」
部屋の方を指差して言った。

井上は少し考えてから、
「本当わりぃ。お世話になります。」
そう言って、靴を丁寧に揃えてから部屋へ上がった。

そのときえみは、自分がこんなにも抵抗なく自然に、よく知らない男の人を部屋へと上げたのか不思議な感覚を覚えた。

井上は、両手を前に揃えて、腰を少し前に曲げながら遠慮がちに部屋へと上がる。
すると、夜ごはんの準備がしてあることに気がついた。

「もしかして、飯食うところだった?」
えみの方をそっと見て言う。

「そうなの。」
えみは、右手で頭を掻きながら少し照れくさそうに答えた。

「めちゃくちゃ美味そうだね。」
えみが丁寧に盛り付けたトンカツを見ながら目を輝かせて井上が言った。

「お腹空いてたりする?もしよかったら食べる?」
えみは控えめに尋ねた。

「まじで?」
パッとえみの方を向いて言った。

「俺、さっきからビールしか飲んでなくて、めちゃくちゃ腹減ってたんだよね。」
井上はお腹の辺りを摩りながら言った。

「うん。たくさん作っちゃったから。よかったら食べて。」
少し俯いて、照れくさい気持ちを隠すように言った。

えみは、井上を食卓の椅子に座るように指示をし、冷蔵庫へと向かった。

「飲み物何がいい?水とお茶とオレンジジュースくらいしかないんだけど。」
冷蔵庫を覗き込みながら井上に聞く。

すると、少し間を空けて井上が言う。
「牛乳とかないよね?」




その瞬間、えみは手に持っていたペットボトルの水を落として、冷蔵庫を覗き込んでいた顔を井上の方を向く。

食卓の椅子に座ってえみを見ている井上。

えみの目には、井上の姿ではなく、光輝の姿が映し出されていた。

「光輝」

井上には聞こえないくらいの小さな声でえみが呟く。
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