ただ、忘れることも出来なくて。
*
いつもの、声がしていた。
「えり」
わたしを、呼ぶ声。
「えり」「えり」「えり」「えり」
「……たすけて」
きぃーん、と耳鳴りが起こる。
ぱたぱたっ、と涙が溢れた。
泣きたいくらいの、切羽詰まった声。
「たく……」
わたしの朝は、いつも涙声で始まる。
教室に着く、わたしは自分の席に荷物を適当に置いてできるだけ誰の顔も見ないでまえなの席へ向かう。
「おはよー」
まえなが、にこりとわたしを見た。
「はよ」
すっと、冷えたコーラを渡される。
「冷やしな」
「ありがと、いくら?」
コーラのペットボトルを目に当てなが訊く。
「90円。わたしの優しさに2円は捧げよ」
「12円捧げてあげる。今90円ないから」
「いよっし」
まえなの顔がにこり、からにっこり、に変わる。
「帰りに駄菓子屋寄ろ。カルパス欲しい」
「わかった」
「うん」
満足気に、まえなが笑う。今日はあんまり腫れてなかったよって、眉尻を下げてくれた。
全部知ってるひとがいるのは、嬉しい。つらい。
全部を包み込んでくれる優しさがあって、でもそれがあるから全部を忘れられなくて。
でもまえなの優しさは嬉しいから、胸がぎゅーってなるから、わたしはいつも甘えてしまう。