ただ、忘れることも出来なくて。
*
「河野、河野ー、起きよーか、先生の授業つまんないだろーけどなー」
「はっ、寝て、ました」
「そんなはっきり言ってくれるな、先生悲しいよ」
「ごめんなさい……」
ふっ、と隣の隣の前の席ででまえなが笑うのが聞こえる。
「…………っ」
自分が、泣きそうなのがわかる。すぐに心配そうになったまえなの目が、まっすぐに、わたしを貫く。
「えり、今日体調悪いの?」
「え」
「なんか今日つらそうじゃない? 寝るの珍しいし」
「そうかな……」
「そうか? あ、顔色悪い。横原、悪いが保健室に連れてってくれないか」
「あ、はい」
かたんとまえなが立って、わたしの腕をぐい、と引いた。
「ほら」
心配そうなクラスメイトたちの目が、わたしを見ていた。
「うん……」
「だいじょぶ?」
まえながわたしの顔を隠すように教室を出るから、思わず教室を出る前に泣いてしまった。
まえなは保健室に行く前に、走って自販機で「冷たーい」水を買ってくれた。
「腫れる前に冷やしな」
「うん」
わたしは毎朝泣くほど泣き虫の癖に泣くと人より目が腫れやすいらしい。まえなに薬局で冷たい飲み物を買ってもらうのが日課になる前はぱんぱんに腫れた目で学校を過ごしたこともあった。
自分で飲み物を買う気にはなれなかった。もちろん、まえなにお金は払うけれど、自分で買ってしまったらたくとの思い出を自分から消すようで怖かった。
正直コストパフォーマンス的に100均で繰り返し使える保冷剤を買った方がよっぽどいい気もしたけど、自分から言ったことはない。
苦しいよ、
またあの幸せが欲しくなる。
「じゃ……ちゃんと休むんだよ。毎晩何回も起きるんでしょ? 疲れてるんじゃない?」
「うん……」
「永野せんせー、このこ気分悪いみたいなんで休ませていーですかー」
「はぁい、ありがとねー」
永野先生がそっと肩を抱いてくれる。ベッドに、倒れ込んだ。
携帯を、取り出す。
宛先: 田邊 拓
Cc/Bcc:
件名: 今日は、
本文:
今日は、ショッピングに行きたい気分だな。一緒に行きたい、暇かな?
えり
送信。
一緒に行けるわけない。知ってる。
行くとしたら、奥様と、お子さんと。
一縷の望みは、もう叶わない。
毎日毎日、それでも送り続けて、わたしは、何がしたいの、どう、たくとなりたいの。
歪んだまま別れて、どうしたかったの。歪んだ自分に泣けてくる。また、泣いてしまって水のペットボトルを目に当てる。
眠い……。